弁護士によると、少年は清水さんの言葉に逆上し、顔面をこぶしで殴った後、のぼり旗で首を絞めた。さらにぐったりしたところを後ろから首に腕を回して絞め、角材で殴打。段ボールをかぶせて逃げた。のぼり旗や角材、段ボールはいずれも現場にあった。地検が「確定的殺意があった」としたのに対し、少年は「死ぬとは思わなかった」と殺意を否認しているという。
普通はこういうことをすれば死に至る…という予測は、その人の想像力や経験などによって生まれてくるものだけれど、その予測能力がこの少年にはあったのだろうか。殺意を隠したうえでの否認なら「問題ない」けれど、そうではなく、この少年が本当に相手が死ぬなんていうことを全く想像できなかったとしたら…。そしてこのような想像力(予測能力)の欠如がこの少年に限ったことではないとすれば、同じような危険はあちこちに隠れているんじゃないだろうか。
ゲームの中でも映画の中でも、人は簡単に死に、そして生き返る(ゲームや映画が終われば「死」は存在しなかったことになる)。もし普段接する「世界」がそのようなものばかりだったら。誰も「死」について教えようとしなかったら。
人間は面白い。なぜ人を殺してはいけないのかを知らなくても、人を殺してはいけないといわれれば、意味もなくそれを守ろうとする。だから殺してもよいというシステムさえあれば、簡単に人を殺す。「生きる権利」や「殺人罪」は単なるシステム。「かわいそうだから」は今や後付けの感情論。「死」を現実的に捉える機会がなければ「死」は理解できない。システムは永久だが、その機会は一時的でしかない。動き出したシステムは、なぜ動き出したのかを次第に忘れていく。だから伝える必要がある。伝えることなく存在するシステムは形骸となる。家畜を殺し食してよいというシステムがあれば、何匹の家畜を犠牲にしたところで誰も気にせず、殺すだけ殺して食すこともなく捨てるという行為も当然のように行われる。
違うのは、それが家畜か人間かということだけ。そしてそれすら、食物連鎖のピラミッドというシステムに支えられているに過ぎない。
Quot : http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20060513k0000m040065000c.html
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