滋賀県警甲賀署刑事課の巡査長(35)が昨年末、同県甲賀市内のスーパーで、ナイフを持ち出した通信制高校の少年(16)を事情聴取した際、平手打ちし、軽傷を負わせていたことがわかった。
本来なら、この少年がナイフを持ち歩いている時点で(その前提となるような素行に対しても)、この子の父親が彼に平手打ちをすべきなんじゃないかな。ここで「本来」という言い方をしたのは、別に児童虐待でもなんでもなく、適切な時と場所、程度をもってすれば、効果的で愛のある「躾」になると思うから。見た目の痛々しさだけをとりあげて、子どもへの歪んだ「愛情表現」に酔いしれたバカ親の感情を無駄に煽るためなのかなんなのか・・・この程度の「事件」がニュースになるのは正直信じられない。
こういった実力行使を伴う躾が、愛情表現なのか単なる虐待なのかはまさにケースバイケースだし、もちろん自分の意見(この警察官は正しいことをした!)が必ずしもこの場合に正しいのかどうかもわからない。けれども、以前小学生に平手打ちをした女教師の話もニュースになっていたけれど、実際に現場の雰囲気も見ず、またその子が将来そのこと(実力行使を伴う躾)をどういう風に捉えながら成長していくのかということも考えず、ただ世間の風潮(殴るのはダメ!)にただ流されているだけかのように感情的に反論している親や教育者がいるのかと思うと、恐ろしくなる。
躾にマニュアルなんてありえないし、ある一人に対してみても場合によってなすべき対応は大きく違う。なのにまるで、こういう躾は正しいですよ、こういう躾は正しくないですよ、というマニュアルに従わなければ何も出来ない人間がいることを、こういう「事件」がニュースとしてとりあげられるという、その事実が示しているようだ。それが恐ろしい。
この場合どうすべきだったか、なんてマニュアルは、警察にも学校にも家庭にもあっちゃいけない。人を殺せば殺人罪で死刑/無期懲役/5年以上の懲役になる、という前提は六法にあっても、具体的な内容は書かれていないのと同じだ。そこには法律のプロが個別具体的な判断を下すための隙間が残されていなきゃいけない。警察官の、教師の、親の、プロとしての裁量が発揮される場所が残されてなきゃいけない。「1+1=2」と同じような理屈では子どもは動かされない。
もしマスコミが、この程度の「事件」をニュースにすることで、世間に対して同様の問題に関する議論を深めてほしいといっているのであれば、これが自分なりの答えだ。
Quot : http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070104i105.htm
Tb : http://aoyagi.txt-nifty.com/ura/01/post_614a.html
Tb : http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2007-01-04-1
Tb : http://vonvoyage.blog26.fc2.com/blog-entry-1863.html
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