6日午後0時55分ごろ、東京都豊島区南池袋1のJR池袋駅東口前の歩道で、「若い男女が血を流して倒れている」と110番通報があった。
2人のうち女性は全身を強く打って約1時間後に死亡し、男性も顔を複雑骨折するなどして意識不明の重体。現場の真上にあたる百貨店「池袋パルコ」(8階建て)の屋上に、スニーカーがそろえて置かれていたことなどから、警視庁池袋署は、この女性が屋上から飛び降り自殺を図り、歩道を歩いていた男性に直撃したとみている。
「死ねば楽になれる」「なぜ自分ばかりが被害者に」…というのが自殺を考えてしまう人の心理なのはよく言われますが、たまにあるこういった「事故」をみると、その気持ちを共に純粋に分かち合い慰め悼むことができず、どうにもいたたまれなくなります。
極楽浄土や輪廻転生の話を持ち出すわけではありませんが(そもそも詳しくありません)、死してなお死ぬ前と同じ、むしろそれ以上の責め苦を負うというのは、この上なく悲しく寂しいものですね。死んだ人への責め苦は、現実的には生き残された人たちへ向けられてしまうのですから、なおのこと。
「死ぬなら一人で死ね」「他人に迷惑を掛けるな」と、目の前に生きている人に対して言うことは許されないと知りつつも、しかし本当は選びたくもなかっただろう道を選んでしまった自殺者になら、運悪くも他人を道連れにしてしまったことだけを理由に、そういった罵声を浴びせてもいいんだという考え方に至ってしまうことに、悲しくそして恐ろしいものを感じます。
「被害」を受けた男性やその家族などの心情のみを考えれば、確かに「身勝手」な自殺をした女性に対して、憎悪ともいえる感情を抱くのは仕方のないことなのかもしれませんが…それでもやはりあまりに乱暴な考え方に思えてしまいます。この男性の気持ちを汲もう、味方になろう、という気持ちそのものはあって然るべきものでしょうが、だからと言ってそのために、誰にも味方になってもらえなかったから死を選んだだろう人を責めるのは、どこか間違っているような気がしてなりません。
やはり考えがまとまりませんが、答えなどないのでしょう。あるのは、そしてあるべきなのは、この女性の残された家族や、男性とその家族の気持ちだけ。女性の自殺を食い止めようともしなかった(またそもそも関係のない)他人が「一人で死ね」なんて言うのは、間違っていると思います。
Quot : http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071106-00000011-yom-soci
Tb : http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/98010/
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