手術中の判断をめぐり、執刀医の刑事責任が問われた県立大野病院事件。医師の不足や過酷な労働状況が改めて浮き彫りとなる中で迎えた20日の判決公判で、福島地裁が下した判断は「無罪」だった。
執刀医が、もしものときのこと(裁判沙汰)に気を取られてしまうのは避けたい、という意味では、無罪判決が出たのは喜ばしいことと言えるかもしれませんが、遺族からしてみれば、医者は何があっても人命を救う義務があるしそうして欲しい、と思うのは自然なことですし、この判決を「許せない」とするのも頷けます。
「失敗した」とされているこのケースの予見可能性について、専門家が議論を戦わせたようですが…この症例が万に一つ起こるか起こらないかぐらいの珍しいものであったことから、それが無罪に傾く要因になったのでしょうか。
この医師でなければ死なずに済んだと主張する遺族と、万能ではないことが大前提である医師や医療の世界に、どこまでそれが「失敗」したときの責任を負わせるべきか、という両者のバランスは、非常に難しいものですね。
医療過誤かどうかについては素人にはわからないことばかりですが、ガーゼや針を抜き忘れたり薬を間違えたりするようなケースとは違い、聞いた感じでは、非常に高度な判断が必要な場面で起こった悲劇と言えるような気がします。
ただ、だからこそ余計に、遺族としては「許せない」のでしょうし、ぶつけようの無い怒りがあるのかもしれませんね。ありえないことですが、執刀したのが世界一の名医であれば、「死なずに済んだ」可能性は低くないでしょうから。
それでも、これが有罪になり、医療の世界が萎縮してしまえば、そこから事態が良い方向へ向かうことはなくなってしまうでしょうから、遺族の方々には申し訳ないですが、これを受け止めてもらうしかないのでしょう。
「日本の医療(全体)のために、死んでください」
そういわれているかのような判決だから、「許せない」のかもしれないですね…。
余談ですが、とある漫画の一場面を思い出しました(関連性は低いですが)。
「命の価値が等しいからこそ、より多くの命を救うために、金持ちを優先的に救う」
…何が正しいかどうかは、どの立場に立つかによって変わってくるのでしょうね。普遍的な正義や正論、正解がない…それは当然のことですが、しかし残酷ですね。救われない立場にいる人を救うには、一体どうすればいいんでしょう。
Quot : http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080820-00000087-san-soci
Tb : http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/171391/
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