ウェブサイトやブログを持つ政治家は少なくないが、「選挙期間中は更新を自粛する」というのが一般的だ。ウェブサイトの更新も、現行の公職選挙法では禁止事項にあたると解釈されているためだ。ところが、「その解釈がおかしい」と主張してブログの更新を続けた、鹿児島県の阿久根市長選の候補が僅差で当選を果たし、対立候補からは不満の声もあがっている。
時代の流れ、ニーズへの対応…新しい動きには、やはり何かしら反発がありますね。ただ、どこか、両者の意見が噛み合ってない様な印象があります。現行の公職選挙法の解釈について納得がいかないとする竹原氏に対し、その解釈の正当性を根拠に警告しているというのが一応の建前でしょうが、それとは別に、従来の方法を頑なに護ろうとする人たちの中に、何か「焦り」があるような気がします。
それが国民にとってより良い方法かどうかはともかく、候補者が票を集める方法は、演説や選挙カーを使った宣伝など、"物理的に"有権者と近い距離につくものが殆どです。ただそれにはカネがかかる。が、ブログなどを使った新しい選挙では、従来必要とされたものの殆どが必要とされなくなる…この構図に、「カメに追い抜かれたウサギ」に似たものを感じます。
市長選での竹原氏の得票数は5574だったのに対し、次点の候補は5040。他陣営からは「ブログ更新は公平性を欠く」という声が上がっていたなかでの僅差の当選なだけに、「ブログが選挙に影響したのでは」との見方も出かねない状況だ。
ここでいう公平性も、有権者のための言葉と言うよりは、単に、従来の方法で戦わなければ勝ち目のない候補者が、対立候補を潰す唯一の手段として「公平性」を持ち出しているだけなのではないかと邪推してしまいます。
ブログは演説などの"旧"選挙手段とは違い、いつまでも記録に残り、より細部まで観察され、当選した後での注目度も低くなく、言葉の一つ一つが今の行動と比較されます。そうされると困るような(多くの)候補者が、法解釈を笠に、必死に抵抗しているような気がしてならないですね。マニフェストの内容を当選後もしっかりチェックし続けている有権者は少ないでしょうが、いつでもどこでも見られるネット上の日記ツールでなら、確認が容易故にチェックする有権者が増えて"しまう"でしょうから。
今回のケースは適法性についての欠点はあるものの、従来の方法でしか票を集められない「有力者」が強く反対している現実がある以上、仕方のない部分があるのでしょうね。
…ところで、もしネット選挙が現実化すれば、寸時話題になった、小学生レベルの感想を「報告書」と称して海外視察を「堪能」するような人たちに、未来はないでしょうね。あるいは、出来の悪い大学生が卒論代筆業者を利用するように、政治家ブログ代筆業者などが現れ出すのでしょうか。天下り役人が喜びそうな仕事先になりそうです。
Quot : http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080903-00000004-jct-soci
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失礼します。とりあえず・・
> 頑なに護ろうとする →頑なに譲ろうとしない
> 法解釈を笠に →法解釈を盾に
だと思います(^^;)
それはそうと、仰る趣旨は大いに賛同します。金力(かばん)・地盤・看板にモノを言わせた選挙から、もっと中身があり、有権者が追跡可能なツールとして認知されていくべきでしょう。確かに「ゴーストライター」の出現は予想されますが、ともあれマニフェスト(約束)として残りますから、当選後の力量がより厳しく問われてくると思いますね。
今の選挙は「なるのは難しい」が「なれば誰でも出来る」と思います。政務調査費を趣旨通りに使えない(仕事が出来ない議員)が多すぎます。こういった弊害を排し、もっとカネの掛からない選挙にするべきですね。
コメントありがとうございます。
選挙カーに掛かるカネ、話している内容(名前の連呼が主)、そもそも本人以外の人間に喋らせていることなどを考えると、その選挙活動のどこに中身があるのかわかりませんものね。たった数行の主張しか書かれていないポスターも然り。主張の内容に関係なく、特定の人や集団に「便宜」を図る約束のみをもって「地盤」とする得票も然り。
こういう甘いやり方、ぬるま湯に浸かり続けてきた人間が多いからこそ、責任のある立場に立たされてもすぐ辞めてしまう人間が出てくるのかもしれませんね。真に自分の実力だけで票の取れる人間はどれほどいるんでしょうね。
さて、ご指摘の「頑なに…」の部分はそのままでないと意味が通りませんが(従来のカネのかかるやり方にしがみ付くという内容なので)、「笠」には確かに「盾」の方が正しいですね。なぜか「盾」が頭の中で2番手になっていました。ご指摘ありがとうございます。
改めて失礼します。
擁護の「護」だったのですね、てっきり譲渡の「譲」だと見ていました。もう虫眼鏡が必要な年代なのかも知れません(汗)すみません。
特に小さな市町村などでは、ポスターに数行の政策どころか、名前だけの大書きなどもざらです。それでいて一枚当たり500円以上の公費が使われます。街宣車の走行距離の水増しなど、あの手この手・・。ちなみに白地に赤く「ダンノ」とだけ大書きした候補(現職-典型的な3バン候補)は口利きで逮捕され、市議を辞職しました。
読み間違いやすいですね…私もコメント欄の2文字の違いに気づきませんでした。
頭数要員を集めるという意識しかなく、また名前さえ覚えさせれば後は「力技(≠実力)」で当選できる(と思っている)候補者ばかりで…辟易しますね。おそらく政治に興味がない人が増えれば増えるほど、彼らにとっては有利かもしれないですね。中身はどうなんだ、と選挙活動中も当選後も問い続けていく有権者が増えれば、彼らのような古い人間は自然と駆逐されていくでしょうね。そんな状況にならないように、今回のような抵抗をするのでしょう。
私の地域では一人だけいますが、朝から駅前で、スピーカーなども使わず、候補者本人が一人で白黒コピーの主張ビラを配っているの姿などは、立派な選挙活動として共感がもてます。ネットがダメだとかそういう議論に終始せず、有権者にとってより正しい選択が出来るようにするにはどうすればいいのかを議論して欲しいものです。




