お葬式の際、亡くなった人の顔をカメラ付き携帯電話などで撮影する人が増えている。葬儀関係者には「人の死を悼む気持ちが荒廃している」と感じる人がいる一方で、「時代とともに葬儀も変わる」と受け入れる人もいる。
(ここで言う「故人」の年齢がわからないので…お年寄りという前提で)
たとえ「時代とともに葬儀も変わる」のだとしても、今、葬儀を行われる人、つまり"被写体"となる故人は、その変わりつつある時代の中には居なかった人じゃないのか?60~80歳、もっと上なら尚更のこと。
「死に顔を写真に撮るなんてけしからん!!」
まず、そういうんじゃないだろうか?それを「死人に口無し」とでも言いたげに写真を撮る参列者の気がしれない。
「人が死んで涙を流すのは、置いていかれた自分がかわいそうだからだ」
そんな皮肉はよく聞くけれど、それももう皮肉とは言えない時代なんだろうか。死に顔を写真に撮られる故人の気持ちなど、考えることはないんだろうか。
言葉にならない疑問が、いくつも出てくる。
実際に撮る人の言い分を聞いてみたい。
Quot : http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060216-00000066-mai-soci&kz=soci
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スペース
初めまして。
わたしはこんな気持ちでした。
よかったら読んでみてください。
涙が出るのは「もう会えないから」ですね。わたしの場合は。
追記のつもりで自レス。
色んな人の意見を見てみたけど、それでもやっぱり「反対派」だなオイラは。
もはやこれは、マナーとか常識とかそういうのではなく、
一個人としての信念に関わる問題なのかもしれない。
撮影者を批判する意味を中心とした反対ではなく、
もし自分の愛する人が故人となってしまっても、
愛情を写真なんていうカタチにしてしまうなんてことは、
絶対したくないという、信念を軸とする反対。
でも、だとしても、賛成派と反対派は必ず対立してしまうだろうな。
別に相手を責めたいわけではないのに…。
・撮影をしない → それに「反対」する人は少ない
・撮影をする → それに「反対」する人は多い
こう考えると撮らないほうがいいと思えてしまう。
まさに「事なかれ主義」だけど…。


